信越シリコーンの情報誌「シリコーンニューズ」154号に掲載した、シリコーン電子材料技術研究所の池野所長へのインタビュー記事をご紹介します。
「Silicone Review」は、当社の研究員が日頃取り組んでいる研究テーマについて読者の皆様にご紹介しているが、今回は、研究員が日々開発を行っているシリコーン電子材料技術研究所を訪ね、池野正行所長に研究・開発に対する考えや、取り組みについて話を聞いた。
── 所長に就任して1年経ちましたが、改めて感じていることはありますか。
池野 入社以来、研究畑一筋でした。昨年にシリコーン電子材料技術研究所(以下 電材研)の所長を拝命した時は驚きましたが、その重責を果たすべく身が引き締まったことを思い出します。電材研ができたのが1976年で、私は1981年入社ですから、これまで歴代の所長の仕事をこの目で見てきたわけですが、実際にその役割を担ってみると初めて経験することもあり、この1年は、無我夢中で日々の業務に取り組んでいたように思います。これまで築いてきた研究所の良さは守りつつ、新たな歴史のページをどう綴っていくか、方向性を示す責任を強く感じています。研究所の役割は、何年か先を見据えて行われているお客様の製品開発に必要な材料を提供し続けていくこと、お客様と歩調を合わせながら社会の要請に応えていくことだと思います。常に新しいことに取り組んでいかなければならないという大変さはありますが、同時に「世の中はこうなっていくんだ」と先のことをいち早く知ることができるのは楽しみでもあります。
── 長年、研究に取り組んでこられたわけですが、研究・開発で大切なこととは何だと思いますか。
池野 “独りよがりになってはいけない”ということですね。私どもの材料は、お客様の製品の一部として使われます。たとえ研究所内の条件においてパーフェクトだとしても、使われる環境や一緒に使われるほかの材料との関係など、使い方によって思いもよらない結果が起きたりするものです。テーマを深掘りすることはもちろん大切ですが、周辺の情報にも関心を持って幅広い知識を持つことも重要です。お客様との関係を大事にして、どんなところで、どのように使われるのか、実際に使われる状況をより深く理解して開発に取り組まなければなりません。それから“自分の目で確かめること”。すでに結論が出ていることでもそれを鵜呑みにせずに、それは本当に間違いないか確認するくらいの気持ちを持つべきだと思います。温度・湿度などの外部環境、手順など、実験者が違えば結果が違うことだってあり得ます。たとえこれまでの結果と同じであっても、自ら確かめた感覚は無駄ではありません。その経験は、研究者にとっての貴重な財産となります。そういう意味では“成果に結び付かなかったこと”も研究にとっては重要な情報です。当初の目的には使えない結果だったとしても、何年か後に「こういうことに使えるんじゃないか」とひらめくことがあります。こういう気づきは、自分で実験した人にしかわからないんですね。成果レポートなどを読んだだけでは、頭に浮かばない。一度うまくいかなかったことも、何年かして、新しい知見を加えてもう一度実験してみると、うまくいくことがあります。過程を知っているからこそ、次のステップへの考えが広がるのであって、なぜそういう結果に至ったか、プロセスを知ることが研究開発では重要です。そうしないと、派生技術も出てこないし、壁にぶつかったとき、次に何をしたらいいかもわからない。化学は、手を動かした数が多いほど、知見の蓄積につながると思います。
── ところで、電材研の新しい取り組みはありますか?
池野 最近は、「非シリコーンからシリコーンへ」という流れを感じます。従来はシリコーンが使われてこなかった部品や材料にシリコーンの良さを活かしてみたいという動きです。従来の材料をシリコーンへ置き換えるといっても、既存の材料には今まで使われてきた実績があり、そのレベルに合わせて新たな材料設計が必要になりますから、そう簡単なことではありません。しかし、従来材料が持つ“キモ”をシリコーンで実現できれば、より優れた材料ができ、結果、新たな市場の拡大につながっていきますので、こうした要望には積極的に対応していきたいと思います。もう一つは評価技術の充実です。従来は当社が材料を開発して提供し、お客様がその材料を評価していましたが、基本的な評価については私どもが行って、その結果も含めてお客様に提供することも行っています。評価技術を磨いて「材料+評価データ」として提供する一歩踏み込んだサービスを行うことで、お客様の製品開発がスピードアップするだけでなく、当社も新しい技術やノウハウを蓄積できます。それにより、これまで見えなかった問題点なども見えてきて、少し先のことまで考えて材料提案ができるようになります。
── 海外に向けた研究開発体制はどのようになっていますか。
池野 各現地法人に設置したテクニカルセンターとは、TV会議などを活用して連携を図っています。また、アメリカ・ヨーロッパが中心ですが、最近は研究員を積極的に海外に出すようにしています。海外は日本よりも、お客様の研究員との直接やり取りが活発です。世界の先端の情報に触れる機会も多いと思いますので研究者として成長できるだけでなく、営業的なビジネスセンスの面でも鍛えられます。もちろん、語学力や行動力などのコミュニケーション能力も高まるでしょう。海外赴任していた研究者が日本の研究所に戻ってきて、新しい研究員が海外へ赴任するという流れもできてきており、海外経験者が増えてくると、その経験を個人のものではなく研究
所のノウハウとしてどう蓄積し、有効に活用していくかの仕組み作りがより一層大事になってくると感じています。こうした取り組みで個々人の能力アップとともに研究所のレベルも一層向上していくはずですから今後を楽しみにしていただきたいと思います。
── では、若い研究者にはどのようなことを望みますか。
池野 当研究所には、やりたいことをやれる環境が整っているはずなので、いろいろ行動してほしいです。そして、お客様のニーズに応じて取り組む日々の研究とは別に、自分のこだわりのあるテーマを持ち続けてほしいですね。全く別のテーマでもいいし、普段関わっているテーマの背景にあるものを膨らませて取り組んでみるというものでもいい。私は長年ゲルに取り組んできましたが、現在でも基本的な技術が生き残っていて新製品開発に活用されたりすると嬉しくなります。評価技術も含めて昔よりフィールドは広がっているわけですから、アイデアも必然的に広がるはずで、いろいろなことに挑戦していってほしいです。そして、お客様からの声を汲み上
げるためにも、営業と同行してお客様を訪ねたり、展示会で説明員をしたり、どんどん外に行って、積極的にお客様と話をする機会を持ってほしいと思っています。
── 最後に、どんな研究所にしていきたいですか。
池野 あそこに行けば、何か出てくると思っていただける、常に相談しやすい、お客様に頼られる研究所にしたいですね。そのためにも、素材を提供するだけでなく、評価や成形、配合技術など幅広
い技術とノウハウを蓄積していかなければなりません。新しいノウハウだけでなく、40年以上の研究開発の蓄積をうまく継承していって、より強固な研究・開発体制を築いていきたいと思っています。私は“諦めない心”が信条です。これからも諦めない心で、所員一丸となってシリコーンの研究開発に取り組んでいきます。当研究所をお客様のビジネスのために有効にご利用いただきますようよろしくお願いいたします。
「シリコーンニューズ Vol.154」 '18夏号より
池野 正行(いけの まさゆき)
1954年生まれ。1981年4月 信越化学工業 入社
2009年7月 シリコーン電子材料技術研究所 第一部長
2010年10月 シリコーン電子材料技術研究所 第二部長
2017年6月 シリコーン電子材料技術研究所長就任
現在に至る。